中国における検閲回避のための隠語|日本人の知らない世界

 以前から不思議だったことの一つに、中国国民は政府の厳しい検閲の中で、ネット上でどうやって情報を発信、交換しているのだろうというものがあります。

 日本のメディアが流している中国の情報は、とても偏っていて、中国の国民の情報交換の様子がまったく伝わりません。たぶん、日本のメディアで中国の情報を収集、翻訳している担当者は、日本在住の中国人か中華系日本人の方なのでしょうが、彼らも実態を知らないのかも知れません。あるいは、知っていてもそれを記事にして発信することが憚れているのかも知れません。

 そんな記事を日本で書いてしまった中国人がうっかり中国に帰国したら空港で逮捕されるかも、という恐怖から、中国共産党に反感を抱く人たちのことを紹介することができないのでしょう。

 従って、日本人は、このことについての情報源をまったく持っていないということになります。

 ところで、「草泥馬(Grass Mud Horse)」という言葉をご存じでしょうか。

 管理人は、”Quora” という質問サイトに掲載されていた「What’s the story behind the Chinese ‘Grass Mud Horse’ meme?」という記事でその存在を知りました。

 「草泥馬」とはアルパカのことらしいのですが、ネット上では別の意味に使われる単語のようです。


 Image: Wikipedia, “grass-mud horse”

 ちなみに、アルパカは中国語で「羊驼」と書くようです。

 「草泥馬」とはどういう意味なのでしょうか。Wikipediaには次のように書かれています。

草泥馬
「草泥馬」は英語の「fuck your mother」に同じ意味の中国語の卑語「肏你媽」に類似する音( 同音で声調違い )の漢字を当てて動物の名前のようにしたものである。

元々は2009年初頭に始まった、政府諸機関がネット上から低俗な言葉などを一掃しようとした運動(整治互連網低俗之風専項行動)に対して、百度百科に「草泥馬」、「四大神獣」という題名の虚構記事が書かれたことがきっかけだった。「四大神獣」は、ネット検閲で削除されてしまう言葉に、同音、声調違いのままで動物の名前のようになる別の漢字を当てはめて、架空の珍獣4体の名前を作り上げ、その生態を面白おかしく書いたものであった。中国のネチズンたちによってこれらのキャラクターを使った風刺がなされるようになり、その中でも「草泥馬」は実写のアルパカの映像を使ったドキュメンタリー風の動画や、童謡を模したアニメーションなどがYoutubeで140万ページビューに達したことで広く知られるようになった。

  出典:Wikipedia、「草泥馬」

 なるほど。中国の隠語は、音の似た単語で表現する方式が主流のようです。

 たとえば、「 民主 」(ミンジュー、mínzhǔ)。これを書くとサイバー検閲にマークされるため、 鳴猪 (ミンジュー、míngzhū)というほぼ同じ発音でまったく別の漢字を当て嵌めた単語を創造する、という手法のようです。これは、5ちゃんねるの中で使われる用語と同様に、普通の人には意味が分からない。分かる人だけが分かるという特殊な表現方法です。

 中国ネチズン(ネット市民)による当局のグレート・ファイアウォール検閲回避のための表現方法のようです。中国語で「猪」はイノシシではなくブタのこと。この単語は「民主」のことだよ、と匂わすために「猪」、つまり「ブタ」という漢字を当てているのでしょう。

 ところで、Wikipediaの説明の中に出てきた「肏你媽」という言葉。どんな意味かというと、こんな意味です(笑)。


 出典:Google翻訳

 日本では、これに類した言い方を思い浮かばないのですが、外国ではこれとそっくりな言い回しの言葉がどの国にもあるようです。

 英語では、”mother fucker” というスラングもあります。

 類似した言い回しでは、スペイン語の “Hijo de puta” という表現もよく耳にします。”Hijo (発音:イホ)」は息子のこと、”puta”とは「売春婦」のことを指します。これは、息子のことを言っているのではなく、母親を貶めることで息子を非難する表現で、最悪! 同様の日本語としては、「おまえのかーちゃん、でべそ」がありますが、これはまだまだ上品な言い方かも。

 そう言えば、よく耳にする英語の “Fuck you” はとても下品な言葉。日本語ではとても直訳できません。

 スペイン語圏の人たちが驚いた宮崎アニメ「La Puta」(笑)。 本当は、 “Laputa” と表記しますが、 最初の文字列 “La” を定冠詞 “la” と考えると、”La Puta”(ザ・売春婦)” という18禁の映画のように聞こえます。耳で聞いた限りでは両者は全く同じですね。 ちなみに、スペイン語圏の人たちは、 “puta” が大好き! この単語をよく耳にします。

 ちなみに、映画「天空の城ラピュタ」は、英語圏では “Castle in the Sky”、スペイン語圏では英語と同じ意味の “El castillo en el cielo” になっています。「ラピュタ」を映画タイトルに入れないことで「18禁」を回避しています(笑)。

 中国におけるグレート・ファイアウォール検閲を回避する手段として、同音異義語を使うという手段が日常化しているのでしょう。単純な同音異義語ではグレート・ファイアウォールに捕捉される恐れがあることから、ほぼ同音異義語へと進化していると感じました。この表現方法はほぼ無限に作り出せるという特徴があるようです。中国語には四声(しせい)もしくは声調と呼ばれるアクセントがあり、声調と漢字の当て字を組み合わせれば、まさにほぼ無限の表現が可能です。

 海外サイトでのネット上の投稿を見る限り、中国人による中国共産党批判は見かけません。

 日本なら、菅総理をぼろくそに叩くメディアも一般人の投稿も溢れているのに、なぜ、中国人による中国共産党批判投稿がないのでしょうか。

 不思議ですね~! 

 海外在住の中国人の人たちもそのような書き込みはしませんね~。不思議ですね。

 かれら中国人が体制非難につながる情報を発信しない理由は、帰国した時に空港で逮捕されたくないからでしょうね。

 ところで、新型コロナウイルスについてはどうなっているのでしょうか。

 当局により、「武漢」と「湖北」の2つの単語がWeiboで制限されているようです。

 これに気づいたネチズンはどうしたのか。彼らはすぐにこれらの2つの単語、湖北と武漢の頭文字である「wh」と「hb」に置き換えたのです。

 日本にいると中国のネット情報についてあまり知る機会はありません。中国系メディアを通してしか我々は知ることができません。

 しかし、管理人のように中国のコスプレーヤー「池田七帆」ちゃんをフォローしている人間は、中国のネット環境の異変に気づきます。

 たとえば、昨年1月に来日した池田七帆ちゃん。武漢が閉鎖される直前に武漢を経由して、深圳に戻ったのですが、七帆ちゃんがこのことをブログに書いたら、彼女のweiboブログに外部からアクセスできなくなりました。確か2週間くらいアクセスできなかったと思います。

 現在、このアクセス制限は解除されていますが、七帆ちゃんのブログに限らずすべてのブログに対するアクセス制限は頻繁に行われています。個別のブログにアクセスしようとしてもweiboのトップページに飛ばされてしまいます。

 1989年4月15日 – 1989年6月4日に発生した「天安門事件」についてはどうなっているのでしょうか。デリケートなイベントを含む語彙も注意が必要なようです。「6月4日の事件」はネチズンによって変更され、「5月35日」、「4月65日」、「中華民国1987」、「8二乗」などの新しい代替単語が作成されました。

 規制当局は、疑わしきは規制の対象とする、という姿勢のようで、何でもかんでも規制、規制! 何しろ、質問サイト「知乎」にアップされた「アンプルを徹底的に掃除する方法」という質問が、アンプルと習近平の発音が似ているため、不可解に削除されました。2) 

 当局が勝手に勘ぐった結果のようですが、当局担当者も必死なのでしょう。職務怠慢で逮捕されるよりは、疑わしいものはすべて規制の対象とする。小役人も生活がかかっているので他人のことなどかまってられない・・、のかも。

 このような視点で見ると、日本のメディアが報じる「中国ネットで、日本に対し○○を批判した」という記事自体、何の価値もないことが分かります。たぶん、当局が関与している書き込みです。

 そもそも政治体制の異なる国の発信を同列で比較することに問題があります。どのメディアも決して触れないことです。

 なぜ、触れないのか。それは、ニュースネタがなくなってしまうから。結局、日本のメディアは、アクセス数を稼ぐことにしか関心がないのだと感じます。新疆ウイグル自治区の問題も上滑りの報道ばかり。机の上で仕事をしているから現地の状況はまったく伝わりません。5分で書けるつぎはぎ記事ばかりが目立ちます。

 なぜ、現地の住民に実情を取材しないのでしょうか。理由は、5分で記事を書けないから(笑)。

 もし、現地で取材を制限されるという事実があるのなら、それを追求すべきです。しかし、そんな記事は見たことがありません。

 新疆ウイグル自治区の綿を不買運動するのではなく、被害者に対する現地での取材を行わないメディア運営会社に対する不買運動をすべきです。メディアは人ごとのようにユニクロがどうのこうのと報じています。メディアとしての責任を果たしていません。

 現地で取材できないのなら、その実情を伝え、批判すべきなのに、そのような報道は見たことがありません。その理由は、5分で書けないから(笑)。

 (実は、この記事には続きがあり、漫画「キングダム」との関係を説明する部分があったのですが、うまくまとまらなかったので、このバージョンでアップします。)

出典:
1. Wikipedia, “Grass Mud Horse”
2. 「为什么你看不懂中国人在网络上说什么?
3. 「オンラインで秘密コードを用いて新型コロナウイルスについて会話する中国市民」、INDO-PACIFIC DEFENSE FORUM、 2020年4月1日