正露丸と新型コロナと空気感染防止、そして・・

はじめに

 日本人なら誰もが知っている『正露丸』。

 『正露丸』はなぜ効くのか?

 というか、海外渡航歴が多い管理人にとって、『正露丸』がなぜ効かないのか、の方に関心がありました。

 以前、ネットメディアが配信している記事の中に、「外科医も納得”正露丸が効く”理由」という記事を見つけ、ざっと読んでブックマークしたのですが、書かれていた中身は忘れてしまいました。

 ところが先日、図書館で『外科医、正露丸を斬る』という本を見つけました。通常であれば絶対に読まない本なのですが、以前読んだ 「外科医も納得”正露丸が効く”理由」 という記事が頭の片隅にあったため借りることにしました。というのは、正露丸についていろいろ疑問があったからです。

 この本を読んでみて、久しぶりによい本に出会えたと感じました。誰もが感じているネット上のイカサマ記事に辟易していたので、この本を読んで気持ちが明るくなりました。 

 そして、新型コロナウイルスの空気感染防止に期待される空間除菌製品「クレペリン」も正露丸と同じ大幸薬品が開発したものであることを知りました。

本の著者はだれ?

  『外科医、正露丸を斬る』という本が出版されたのは、2012年11月のこと。今から9年前に書かれた本です。著者は、外科医で医学博士で、さらには、大幸薬品の社長でもある柴田高(しばた たかし)氏です。

 な、なんなんだこの肩書きは! どれ一つとっても簡単にはなれないものばかり。というか、普通の人にとってほぼ不可能なものばかり。社長が医師免許を持ち、医学博士になったのではありません。臨床外科医が医学博士を取得し、その後、会社の社長になったのです。

 本の内容はというと、筆者の子供の頃から外科医となり、診療の傍ら博士論文を執筆し、父親の会社である大幸薬品に入り、副社長となり、そして社長となる、というまるでサクセスストーリーのような事が書かれています。

 このように書くと、すぐに字面に引かれて、つむじを曲げてあら探しをする人が多いと思うのですが、それが違うのです。

 あら探しをしたい人は置いといて、なぜ、管理人がこの本に感動したのかを書きたいと思います。

新型コロナウイルス対策としてホットな空間除菌法

 まず、外科医としての柴田氏から見ていきましょう。・・・、という書き方をしようかと思ったのですが、そんな文章は誰も読みたくはない、と思い直しました。本の要約など誰も期待していない。皆、忙しい。管理人が何に感動したのか、それを率直に書いた方がよいことに気づきました。

 この本を読んでまず驚くのは、柴田氏の実績です。現在、世界的流行で猛威を振るう新型コロナウイルス。この感染経路について、さまざまな憶測が流れました。それらの中で最も危惧されたのが空気感染でした。現在の所、このウイルスの感染は接触あるいは飛沫感染( エアロゾル感染 )であろうとされ、感染防止・予防策として手洗いやマスクの着用が奨励されています。

 しかし、これがもし「空気感染」だとすると、どうやって防ぐのか。空気を吸わずに生きるのは無理。感染を防ぐための有効な手段がないのが空気感染です。

 無責任な自称”専門家”が新型コロナウイルスは空気感染の恐れがあると警鐘を鳴らしている、という報道が何度も流されました。警鐘を鳴らすばかりで、何ら具体的な対応策を示さないのが、エセ専門家です。

 ところで、柴田博士は、飛沫感染・空気感染に対する画期的な研究を行い、「低濃度二酸化塩素ガスによる空間除菌」の方法を開発しました。2008年のことです。それが、後に大幸薬品の「クレベリン」となります。これが細菌だけでなくウイルスをも不活性にすることが確認されています。

 この技術そのものは後に大幸薬品に吸収合併されるビジネスプラン社が開発した特許技術でした。それは、「二酸化塩素ガスをあらかじめ設定した濃度に長期間、液体と気体で保つことができる」というもの。そして、特許により開発された製品は、長期に二酸化塩素ガスを濃度保持できる液剤とゲル剤、そして空調に組み込める低濃度二酸化塩素発生装置でした。

 この「 二酸化塩素ガス 」とは、水道水の消毒にも使われるもので、水道の蛇口から出る水の段階で一定量の塩素が含まれることが水道水としての必須条件となっています。また、小麦粉の漂白処理として食品添加物での使用が認められています。論文のいう低濃度とは、人間への長期許容曝露レベル、つまり0.1 ppm未満を指すようです。原理としては、 低濃度二酸化塩素ガスがウイルスの感染性に不可欠なウイルスエンベロープタンパク質(ヘマグルチニンとノイラミニダーゼ)を変性させ、不活性化するというもののようです。

 テレビの映像でよく見かける中国武漢などで防護服を着た人が噴霧している液体は何なのか。2020年2月、中国では、COVID-19対策の消毒剤として二酸化塩素が認められました。(ただし、日本では未承認)。中国で感染防止のために撒いている薬剤は、たぶん、次亜塩素酸ナトリウムか二酸化塩素ではないかと思います。

 繰り返しになりますが、柴田氏の書籍が刊行されたのは2012年のこと。この書籍では、 二酸化塩素ガスについての医療現場における実証が詳しく書かれています。関連論文の最初のものは2008年に英国の微生物学会誌に掲載されました。

 柴田氏は、手術室や病室などでの院内感染を防ぐためには、空間除菌法の開発が不可欠だと考えていました。今回の新型コロナウイルスのような毒性の強いウイルス感染の発生を当時から恐れていたのです。

正露丸はなぜ効くのか

 「正露丸はなぜ効くのか」という疑問。海外のいろんな国で生活していても、正露丸を売っている薬局を見かけることはまずありません。

 そもそも正露丸は効くのか、という疑問もあるし、明治時代の生薬が今も売られている不思議も感じます。

 そんな疑問があったことから、ネットで見つけたDIAMOND online の「外科医も納得”正露丸が効く”理由」という記事が目にとまりました。この記事の執筆者が柴田高氏。記事が掲載されたのが2010年2月3日。ネット記事の方が本の出版より2年近く早いことになります。

 今回紹介した書籍は、ダイヤモンド社のデジタルエッセイをまとめたものなのだそうです。なるほど、と納得しました。

 さて、正露丸についての疑問がいくつかあります。

  1. そもそも正露丸は本当に効くのか? なぜ効くのか?
  2. あの強烈な匂いの原材料は何? 身体に害はないの?
  3. 胃の細菌を殺すほど強力な殺菌作用があるとすると、腸内細菌も殺してしまうのでは?
  4. なぜ、外国にはないの? 

正露丸は本当に効くのか? なぜ効くのか?

 正露丸。日本人なら誰もが飲んだことのある薬です。

 海外旅行に出かける際には必需品! 食あたり、水あたりに効くとされている生薬です。

 ところで、海外赴任期間が長かった管理人がこの薬が役に立ったと感じているかと言えば、その答えは「NO」です。というのは、当然、正露丸は海外赴任にあたり必需品のように携行していましたが、腹痛になって正露丸を飲んでも効かないという経験を何度もしています。

 管理人は、胃腸が弱いので、よく腹痛を起こします。それも桁違いの腹痛で、このまま死んでしまうのではないかと思った強烈な腹痛に見舞われたことが4度ほどありました。 そんな時は、正露丸を飲むのですが、全然効かない。

 通常なら効くはずの正露丸がなぜ効かないのか。管理人なりに考えてみました。

 最初に海外で腹痛を起こしたのは、初めて赴任した国で、到着してすぐ参加したイベントの後でした。

 昼に開催された焼肉パーティに参加後、夜になって激しい下痢と腹痛に襲われました。

 結論を書けば、その原因は消化不良。慣れない外国生活で緊張していた身体が、多量のビールを飲み焼肉を食べたことで消化不良を起こしたことが原因のようでした。正露丸を飲んでも腹痛は治まらない。七転八倒しながら朝を迎えましたが、その頃には腹痛は治まっていました。

 インドから帰国する時にも飛行機の中で激しい腹痛に襲われ、やっとの思いで日本にたどり着きました。空港検疫所で検査してもらったのですが、コレラ菌等感染性の細菌は検出されなかったそうです。やはり、消化不良が原因だったと思います。

 これ以外にも二度ほど激しい腹痛に襲われました。しかし、正露丸が効かない!

 本当のところは分からないのですが、ビールを多量に飲み胃液が薄まった時に消化不良になると、正露丸が効かない、という感触があります。

 一方で、正露丸がよく効く場合があります。日本にいる時はよく効く薬です。

 では、正露丸とは何なのかから見ていきましょう。

正露丸の主成分であるもくクレオソートを使った製剤が、ドイツ医薬として、日本に持ち込まれ、当時の日本軍の軍医であった森林太郎(森鴎外)らによって研究され、活用されたのは明治時代のことだった。

 木クレオソート自体は、1830年、ドイツ人のカールライヘンバッハにより開発され、食肉保存用の防腐剤として使用された後、歯痛薬、外用消毒剤、さらには消化器病薬、そして、抗菌剤として赤痢、結核などあらゆる感染症の特効薬として人体に用いられた。

 スモークサーモンで知られるように、動物の肉や魚肉を保存するために人類は木を加熱し、その蒸気を利用した。そのスモークのエッセンスを抽出するための工夫として、蒸気を水に封じ込め、沈殿してくる成分を、重さや蒸留温度で分け、一番防腐効果があるものを探そう、と考えるのは誰しも同じである。木クレオソートはそのようにして作られた。

1) p.204

あの強烈な匂いの原材料は何? 身体に害はないの?

 正露丸の元となるのは防腐効果の高いもくクレオソート。上の引用にあるとおり木材から抽出した天然由来の成分で作られているようです。石油由来のクレオソートとは違います。これを意図的に石油由来のクレオソートと偽った記事を書いている確信犯がいるようですが、困ったものです。それを信じて疑わない子供がいるから困ります。

 医薬品として認可されているので、古くからある生薬だからと発がん性の試験が免除されているわけではありません。疑問に感じる人は大幸薬品のホームページを見るなり、世界の論文を読むなりすればよいだけのこと。イカサマ記事に瞞されるのは、恥ずかしいことだと管理人は考えます。

 木クレオソートの殺菌効果で細菌を殺すので正露丸は効く? では、なぜ、正露丸は直ぐに効いて、腹痛が治まるのか。正露丸の即効性は、殺菌効果では説明ができません。

 正露丸は、1902年、「忠勇征露丸」として発売されました。今から120年も前のことです。細菌性の腹痛によく効くことから重宝されてきた医薬品ですが、販売元の大幸薬品ですらなぜ効くのか、特に、即効性がある理由は何なのか、という基本的なことが分からなかったといいます。

 木クレオソートが日本に輸入されたのは、開発から9年後。1839年、長崎の和蘭商館長ニーマンにより木クレオソートが日本に持たらされたといわれています。ちなみに、ニューマンはこの年、任期満了で帰国しています。

 正露丸がなぜ効き、即効性があるのか、科学的に証明しようとしたのが、柴田氏でした。そして、ついに即効性の謎が解き明かされることになります。 

正露丸は腸内細菌を殺すのか?

 最近、注目を集めている腸内細菌叢(マイクロバイオーム)。腸内に棲む細菌が人間の生命活動に大きく影響を与えることが最近の研究から分かってきました。このため、腸内細菌をすべて殺してしまう殺菌剤のような薬は、正直、飲みたくはありません。

 強力な殺菌作用がある正露丸を飲むとこの腸内細菌にどのような影響があるのでしょうか。

 大幸薬品の研究により、内服では① 腸での殺菌効果はほとんどなく、② 腹痛への効果は大腸の過剰運動を抑えること、③ 軟便、下痢に対しては腸からの水分分泌を抑えることが明らかとなった、ようです。

 関心のある方は大幸薬品の論文を読んで頂くとして、① 腸内細菌にはほとんど影響しない、② 即効性の原因は大腸の過剰な運動を抑える事によること、さらに、③ 下痢が止まるのは、腸内の水分分泌を抑える働きがあること、が判明しました。

 以前、NHKの「ガッテン」でやっていたのですが、本来、水分を吸収する大腸が逆に水を出してしまうのが下痢腹。正露丸はこれを抑える働きがあるようです。

正露丸は、なぜ外国にはないの?

 木クレオソートを開発したドイツでも、木クレオソートを主成分とする医薬品は販売されていないようです。これは米国も同じです。

 木クレオソートが使われなくなった理由としては、抗生物質の発見があります。これにより、感染症に劇的に効く抗生物質が木クレオソートを市場から駆逐したというのが真相のようです。

 一方で、抗生物質の世界では、抗生物質が効かない耐性菌の出現により、より強力な抗生物質の開発が求められるという無間地獄の状況に陥っています。

 抗生物質の出現により世界から忘れ去られた木クレオソートですが、世界の中で日本だけが、これを使い続けています。

 これをどう捉えるかは、あなた次第です。 

消費者庁の「大幸薬品株式会社に対する景品表示法に基づく措置命令」はよく分からない内容

 2022年1月20日、消費者庁は、「大幸薬品株式会社に対する景品表示法に基づく措置命令」を出しました。

 対象となった商品は「クレベリン」。命令書を読むと、命令を発した根拠についての記述はありません。違反したと書いてあるだけです。大幸薬品が提出した根拠資料を却下したということなのでしょうが、大幸薬品は法的に争う姿勢を示していることから、今後、消費者庁がこのような判断を行った根拠が法廷で争われることになります。

 管理人の感触としては、消費者庁が裁判で負けるのではないかと思います。「クレベリン」はコロナで注目が集まっただけで、2008年から販売されている商品です。消費者庁と大幸薬品「クレベリン」は因縁の仲のようです。今回の措置命令は「置き型」が含まれていません。大幸薬品が裁判に訴え判決が出たからです。このため、消費者庁の措置命令は、とてもおかしなものになりました。

 「クレベリン」の「置き型」が措置命令に含まれていないのです。よくもこんなちぐはぐな措置命令を発出できたものだと不思議でなりません。

 消費者庁としては、「クレベリン」は有効なのかという問い合わせに対し、早急に回答する必要に迫られたという事情があるのでしょうが、空間除菌として有効性が確認されているのは「クレベリン」以外には存在しません。その有効性確認資料を消費者庁は認めなかったことから、問題が大きくなり、裁判に発展することになります。

 素人の管理人としては、柴田博士が臨床の現場で有効性を確認しているというだけで十分です。いかがわしい健康食品の景品表示法違反とは全く別の次元です。

 「クレベリン」のWikipediaのライターは典型的なステレオタイプらしく、最初の発売日さえ書かずに、世論受けする、あるには、ネットで簡単に見つかる情報だけを並べています。そして、記述の方向性は、「クレベリン」はいかがわしいという流れを作り出そうとしています。一冊の本も1本の論文も読まずにWikipediaの項目を執筆されても迷惑なだけ。まとめサイトの方がよほど役に立ちます。

おわりに

 最近、メディアの発信する記事の見出しを読むととてもイライラします。少しでもクリック数を稼ごうとする姑息な「煽りタイトル」の記事に満ちあふれています。

  「煽りタイトル」の記事の特徴は、中身がないこと。タイトルで読者数を稼ごうとする姑息なライターの記事のようです。問題なのは、雇われライターではありません。それを発信している会社こそ問題視すべきです。

 今回、柴田氏の書籍を読んで、心が洗われるような感触がありました。

 それは、経歴に裏打ちされた、柴田氏の壮絶な努力を感じたからです。柴田氏がこれまでやってこられたことは、普通の人間にはとうてい真似のできないことだと実感しました。

 外科医としての医局内での葛藤、博士論文を書く段階での葛藤、大幸薬品社内での葛藤。柴田氏はサラッと書いていますが、管理人は考えただけでもぞっとします。このような環境では管理人の神経が持ちそうにありません。各段階における柴田氏の苦労が手に取るように分かります。だからこの記事を書きました。

 こんなにがんばっている人がいるのだと改めて感じました。

 本記事を読んで柴田氏の書籍に関心を持たれた方は、一度読まれたら良いと思います。本記事では割愛していますが、臨床外科医としての柴田氏も魅力的です。

出典:

1. 「外科医、正露丸を斬る」、柴田高、ダイヤモンド社、2012.11.15

2. ”Protective effect of low-concentration chlorine dioxide gas against influenza A virus infection”、Norio Ogata, Takashi Shibata, Journal of General Virology 89(Pt 1):60-7, Feb. 2008