そういう者に私はなりたい|コロナに負けちゃだめ!

 先日、宮沢賢治に関する番組をNHKで放映していました。「宮沢賢治 銀河への旅」という番組です。

 宮沢賢治が亡くなったのは1933年9月21日。37歳で没します。

 昭和八年九月二十二日「岩手日報」夕刊二面

 宮澤賢治の「雨ニモマケズ」の詩はとても有名で、これを知らない日本人はいないのではないでしょうか。

雨にも負けず
雨にも負けず
風にも負けず
雪にも夏の暑さにも負けぬ
丈夫なからだをもち
慾はなく
決して怒らず
いつも静かに笑っている
一日に玄米四合と
味噌と少しの野菜を食べ
あらゆることを
自分を勘定に入れずに
よく見聞きし分かり
そして忘れず
野原の松の林の陰の
小さな萱ぶきの小屋にいて

東に病気の子供あれば
行って看病してやり
西に疲れた母あれば
行ってその稲の束を負い
南に死にそうな人あれば
行ってこわがらなくてもいいといい
北に喧嘩や訴訟があれば
つまらないからやめろといい
日照りの時は涙を流し
寒さの夏はおろおろ歩き
みんなにでくのぼーと呼ばれ
褒められもせず
苦にもされず
そういうものに
わたしは
なりたい

 
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 新型コロナの影響で、世界は閉塞感に包まれています。こんな時は、賢治の詩のパロディでも作って、憂さ晴らしをすることにします。

コロナにも負けず
新型コロナウイルスにも負けず
旧型コロナウイルスにも負けず
これらのウイルスにも負けぬ
丈夫なからだをもち
サイトのアクセス数が増えないかなぁなどの慾はなく
決してメディアを批判せず
いつも静かにニタニタとせせら笑っている
一日に白米2合に対して押し麦10gと、時々、赤飯や炊き込みご飯、さらには鯛飯や・・・
本マグロのトロの刺身とアワビの躍り食いを食べ
あらゆることを
自分を勘定に入れずに、他人に勘定を押しつけ
他人の言う悪口を分かり
そして忘れず
コティングリー渓谷の陰の
大豪邸にいて
東にガンの人あれば
行ってアフラックの医療費申請の手伝いをしてやり
西に疲れた母あれば
行って有名家事代行の方を派遣し
南に死にそうな人あれば
行って、遺体冷凍保存のパンフレットを渡し
北に喧嘩や訴訟があれば
絶対に勝てると噂の有名な弁護士を紹介し
日照りの時は日光浴をして
寒さの夏は穀物の先物買いに走り
みんなに○○人と呼ばれ
褒められもせず
苦にもされず
そういうものに
わたしは
なりたくない!

NHK放映の「宮沢賢治 銀河への旅」は目から鱗

 宮沢賢治の銀河鉄道の夜。その描写を天文学から読み解いていく手法に驚きました。

 管理人は、太宰治や石川啄木は大嫌い。家庭を持ちながら自堕落な生活、奔放な生活をしていた彼らの作品は生理的に受け付けない。でも、その作品をすべて読んでいる自分が悲しい(涙)。

 宮沢賢治って文学界の中でも異質、というか別格の存在のように感じます。小学生は太宰の作品を読んだことがなくても宮沢賢治の『注文の多い料理店』は知っているはず。

 『銀河鉄道の夜』は、子供の時に読んだとしても作品の意味するところは子供には理解できない。もっと大人になってからもう一度読み直す小説。それでも書かれていることが分からない。

 それが、NHKの番組を観てやっと理解できたように感じました。

 この番組。どれだけ時間をかけて作ったのだろう? Good Job! さすがはNHKと感じました。

しかし、番組の骨格・シナリオをNHKの職員が作ったとは思えません。この壮大な番組作りの脚本を書いたのは誰なのだろう。

 映像の撮影者は知っています。お隣さんなので。いつも家庭菜園の野菜を頂いています(笑)。